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横浜地方裁判所 昭和38年(わ)1241号 判決 1964年5月08日

被告人 渡辺七蔵

大一一・一二・一生 無職

主文

被告人を死刑に処する。

押収してあるタオル一本(昭和三八年押第三六三号の一)はこれを没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は小学校を卒業後少時生家の農業手伝などをし、その後上京して京浜方面で日雇人夫をして働き一時北海道で炭鉱の雑役夫をしたことがあるが、再び川崎方面に来て同市内の鉄工所で人夫として稼働中、昭和二七年二月頃工場内で下半身に火傷を負つて入院し、同三二年一月頃退院した後も両足の膝の関節などが曲らず、歩行が不自由になつたので、身体障害者として福祉施設に入り、同三六年五月頃から、横浜市南区中村町五の三一五番地横浜社会福祉協会天神寮で保護を受けていたものであるが、同三八年六月一六日午前九時頃散歩のため一人で同寮から外出し、午前一〇時半頃同市神奈川区三ツ沢南町一〇番地横浜市営三ツ沢公園正門前市営バス「グランド」入口停留所附近に至つたが、たまたま同所で日曜日の教会における礼拝を終えて帰宅のためバスを待つていたA(当八年、捜真小学校三年生)を見かけるや、同幼女に対し猥褻な行為をしようと考え、同幼女に「すまないけど、おじちやんを便所に連れて行つてくれ」などと言葉巧みに話しかけて同日午前一一時頃同幼女を同公園内慰霊塔前広場横の公衆便所に連れ込んだが、同便所内には他に人も見えなかつたことから急に同幼女を強いて姦淫しようと決意し、興奮のあまり自己の行為に因り相手が死亡しても構わない気持になり、いきなり両手で同幼女の首を締め、そのため失神した同幼女が犯行の途中で或は蘇生して声を出すかも知れないことを恐れて、更に所持していたタオル(昭和三八年押第三六三号の一)を同幼女の首に巻きつけて両端を掴んで締めつけ、仮死状態に陥れた上、同幼女の下着を脱がせて強いて姦淫し、その後直ちに自己の犯行を隠蔽するため、同幼女を同便所の便槽内に投げ込み、因つて同幼女に汚物を吸入させて窒息死せしめ殺害したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為中強姦致死の点は刑法一八一条、一七七条後段に、殺人の点は同法一九九条に該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い殺人罪の刑で処断することとする。

そこで量刑について考察すると、被告人は判示冒頭のような経歴を有するものであり、本件において取調べた全証拠資料に徴すると、被告人は本来智能は低く学校の成績も悪かつたが、格別病気をしたこともなく普通に暮して来たのであるが、判示の如く火傷を負つて身体が不自由になつてからは、性格が段々ひねくれて来て本来の頑固な性格と相俟つて他の人と親しく交らうともせず、最初被告人の不自由な身体を案じて実兄より帰郷を強く勧めたこともあつたが、頑としてこれを聴き入れず、爾来郷里の肉親の者とは音信を不通にして妻帯の縁にも恵れず、専ら社会福祉施設などの厄介になり孤独な生活を送つて来たものであり、この点被告人の境遇には同情すべき点がないではない。然し施設に収容されて一応生活が保証されてからはその環境に押れて次第に勤労意慾を失つて全く怠惰な日々を過ごすようになり、糅てて加えて被告人には従来から時々婦人用便所の覗き見をしたり、通行中の婦人のスカートをまくつたりなど猥褻な行為をする悪癖があつて、このため検挙されたことも何回かあつたのにも拘らずこの習癖は全く改まらず今日に至つたものである。

他方被害者Aは燃料関係の事業を営む会社の役員Bとその妻Cの四女(末子)として昭和三〇年二月一〇日に生まれ、何不自由のない平和な家庭内で両親や姉達の愛情に育まれ、本件当時はキリスト教系の神奈川区中丸八番地捜真小学校三年に在学し、同情心の強い優しい明朗な生徒として皆から可愛がられていたものである。

ところで本件犯行は身体の不自由な被告人に同情して頼まれるままに親切心から本件便所まで被告人を案内して行つたとみられる世の汚れを知らない八才の幼女を単に自己の劣情を満足させんがために判示のように残酷な方法で殺害したのであつて、その極悪非道正しく天人共に許さざる大罪であると言わなければならず、両親の非痛の念は真に同情に堪えず、しかも被告人は本件捜査の過程、公判の審理において度々供述を変え、その供述内容、態度などに徴し全く改悛の情が認められない。

以上本件犯行の動機、態様、その後の被告人の態度、被害者の遺族の心情並びに本件犯行の社会的反響などを綜合すると、前掲被告人のため斟酌すべき境遇を考慮に入れても尚且つ被告人に対しては死刑をもつて臨む以外に量刑の道はないものと考える。

よつて所定刑中死刑を選択して被告人を死刑に処することとし、押収してあるタオル一本(昭和三八年押第三六三号の一)は判示強姦致死、殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 大中俊夫 田辺康次 谷沢忠弘)

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